これらの文章を読み取っていくと、やはり接客には茶道の作法や所作が強く影響している事を確認する事が出来ます。つまり、茶道のもてなし→家内接客→商業接客、と言う文化成長の構図が簡単に描けるのです。それは、現代の接客にも共通しており、だからこそ多くの人が「お客様をおもてなしする」と言う表現を使いたがるのでしょう。
さて、そうした背景にある「もてなしの本質」とは、一体何なのでしょうか。それを知るためには、軽く海外のHospitality文化について触れておく必要があります。
海外のホテルに行くと、決まって必要なのがチップ。ベッドメイクに対してのチップや、ルームサービスに対してもチップを払わなくてはいけません。そして、チップの金額によっては際限なく青天井なサービスを受けることが出来ます。むしろチップを払わない場合、ほとんど何のサービスも受ける事が出来ない場合も多々あります。
なぜなら、チップとは、それを受け取る人達にとっての生活の糧だからです。だから、高いチップであればあるほど、ハイレベルなサービスを受けることが出来るようになるのです。要は、外国のHospitalityと言われる客人歓迎の文化は、打算的だ、と言う事です。
それに対して日本のもてなし文化はどうでしょう。お客様とあれば、原則誰もが平等な接客を受けることができます。無論、金額によって提供される商品の質は変化しますが、それでもチップが必要な文化に比べると、誰もが平等に受けられる最低限のサービスは、かなり高いレベルにあると言えます。
このことは、茶道の大家である千利休が「貴賤平等」と言う言葉で、茶室に入る上は貴賤上下関係なく、誰もが平等にもてなしを受ける事が出来る、と定義したことに始まります。それだけではありません。利休の弟子が、ある日利休にこんなことを尋ねました。
「茶の湯のもてなしで、大切な事とは何でしょうか」
利休は次のように答えます。
「茶は服の良きように点て
炭は湯の沸くように置き
花は野にあるように
夏は涼しく冬暖かに
降らずとも雨の用意
刻限は早めに
相客に心せよ」
弟子は、「そんな事ぐらいは解っておりますが、その極意を授かりたいのです」
しかし、利休はこう答えます。
「もしこの七つが完璧に出来ていると言うのであれば、私はあなたに弟子入りしましょう。」
この七つは、「利休七則」として没後420年経った現在でも語り継がれています。そして、これの利休七則こそが、もてなしの本質、そして接客の本質とも言えます。
現在の接客やマナーを教える世界において、このことがどれだけ語られているでしょうか。どれだけの講師達が、表面的なマナーやエチケットだけで講師を名乗っている事でしょうか。接客とは、どこまでも奥深く、追求し始めると本当に終わりがないものです。
このページでは、接客の本質について、一部だけ紹介させて頂きました。これ以上深い部分をお知りになりたい場合は、是非当社の公開講座を受講してみて下さい。
2011年9月
小早川護 |